業務上堕胎罪とは、医師・助産師・薬剤師・医薬品販売業者が、妊娠中の女子から嘱託を受け、または承諾を得て、堕胎させた場合に成立する犯罪です。
業務上堕胎罪の規定は、刑法214条前段です。
業務上堕胎罪の刑事罰は、3月以上5年以下の懲役です。
本罪の刑事罰は、同意堕胎致死傷罪と同じとなります。
業務上堕胎罪は、妊娠中の女子の同意を得て堕胎する同意堕胎罪について、医師・助産師・薬剤師・医薬品販売業者という身分を有する者が犯すことによって、刑事罰が重くなる犯罪類型です。
このような犯罪を身分犯といいます。
身分犯のなかの分類があり、本罪のように身分があることで刑の軽重があるものを不真正身分犯ともいいます。
なぜ刑事罰が重くなるかというと、医師・助産師・薬剤師・医薬品販売業者は、妊娠中の女子への堕胎に関わることが多い職種であることから、政策的に刑事罰を重くすることで、違法な堕胎を防止していると考えられます。
本罪の医師については、歯科医師も含まれると考えられています。
医師が母体保護法に基づき適法な人工妊娠中絶を行った場合には、本罪は成立しません。
助産師とは、厚生労働大臣の免許を受けて、助産または妊婦・褥婦・新生児の保健指導を行うことを業とする女子のことです(保健師助産師看護師法3条)。
薬剤師や医薬品販売業者が、本罪の主体に含まれているのは、海外では認められている中絶薬による堕胎の可能性があるからと思料されます。
中絶薬は日本では認可されておらず、中絶薬による中絶は認められていませんが、薬剤師や医薬品販売業者は、中絶薬を入手しやすい状況にあるといえることから、それを妊婦に飲ませることを防止する必要があると思われます。
医師に知り合いの妊娠中の女性を紹介し、違法な堕胎手術を行わせた場合(医師に対しても女性に対しても教唆行為がある場合)に、どのような犯罪が成立するか問題があります。
前提として、医師は業務上堕胎罪に該当し、女性は自己堕胎罪に該当します。
形式的には、両者に対する教唆行為がある以上、業務上堕胎罪の教唆犯と自己堕胎罪の教唆犯の両方が成立しそうです。
古い判例は、医師に対する教唆も、女性に対する教唆も、一個の堕胎行為をさせたに過ぎないとし、包括して重い業務上堕胎罪の教唆犯となるが、刑法65条2項が、「身分によって特に刑の軽重があるときは、身分のない者には通常の刑を科する。」と規定していることから、同意堕胎罪の刑を科すものと判示しました(大審院判決大正9年6月3日)。