今回の改正で、履行不能についての民法412条の2が新しく追加されています。
民法412条の2の条文は、以下のとおりです。
1 債務の履行が契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして不能であるときは、債権者は、その債務の履行を請求することができない。
2 契約に基づく債務の履行がその契約の成立の時に不能であったことは、第415条の規定によりその履行の不能によって生じた損害の賠償を請求することを妨げない。
以下において、第1項、第2項のそれぞれについて解説いたします。
412条の2第1項について
412条の2第1項は、一言でいえば、債務が履行不能のとき、債権者はその債務の履行を請求することができなくなるという規定です。
解釈上のルールの明文化
改正前の民法においては、このような条文がありませんでした。
ただ、改正前において規定はされていないものの、解釈上のルールとして認められていました。
今回の412条の2第1項の新設により、このルールが明記され、より分かりやすい民法になったといえます。
履行不能の判断基準
412条の2第1項が規定しているのは、それだけではありません。
履行不能かどうかについて、契約その他の債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして判断することが規定されています。
例えば、絵画の売買契約をした場合に、世界に一つしかない絵画がその後に火災で焼失してしまえば、物理的に履行不能であることは明らかです。
では、法律で取引が禁止されることになった場合は、履行不能になるでしょうか。例えば、2019年6月14日からチケット不正転売禁止法の施行によりチケットの高額転売業が禁止されました。
法律で取引がが禁止されると、取引の維持は困難ですが、物理的に不可能になったわけではありません。
古い判例で、法律で取引が禁止された場合については、履行不能と判断したものがあります。
このように、履行不能は必ずしも物理的に不可能になったことが必要なわけではなく、「契約その他の債務の発生原因」に関する事情や、取引の社会通念を考慮して、履行不能かどうかを判断することが条文で明記されています。
これは、基本的には、改正前の判例の考え方を踏襲しているものと思いますが、一般原則として明記されたものです。
412条の2第2項
412条の2第2項は、契約時点で債務が履行不能な場合でも、債権者が債務不履行に基づく損害賠償請求をすることができる場合があることを規定しています。
契約時に債務が履行不能な場合を原始的不能といいます。
改正前の民法では、明文はないものの、原始的不能の債務についての契約はそもそも無効であるというのが判例通説でした。
債務者は、契約が無効なために債務不履行責任に基づく損害賠償責任を負うことはなく、いわゆる契約締結上の過失の理論により債権者が契約は有効と信じたことにより支出した費用(信頼利益)についてのみの損害賠償責任が認められるだけでした。
これに対し、最初から履行不能であるにもかかわらず不注意でそのような債務を履行する契約を締結した者が債務不履行責任を負わないというのは不公平であるという批判がありました。
そこで、原始的不能の場合でも、債務者の帰責事由などの債務不履行の要件を満たす場合には、債務者が債務不履行に基づく損害賠償責任を負うことが明記されることになったのです。
この点については、改正前と改正後において実質的結論が変わるものです。
ただし、原始的不能な契約の場合に、民法95条の錯誤の要件を満たすときには、契約の取消しが認められることで債務が存在しないことになり、債務不履行に基づく損害賠償請求が認められない場合はあり得ます。
経過規定
附則17条1項により、令和2年4月1日の施行日より前に債務が生じた場合、施行日以後に債務が生じた場合でもその原因である法律行為が施行日前にされた場合には、改正前の民法の適用を受けることになっています。