ここのところ婚約に関してコラムを作成していますが、今回も婚約を取り扱いたいと思います。
今回は、婚約破棄の正当理由について詳しくお話します。
前回までにお話したとおり、婚約破棄となった場合、婚約破棄したことに正当理由が認められる場合には、婚約破棄した人は慰謝料などの損害賠償をする必要はありません。ですので、婚約破棄になってしまった場合、正当理由が認められるかどうかはとても重要といえると思います。
ただし、婚約破棄に正当理由が認められたとしても、何も支払わなくて済むとは限らず、費用の清算や受け渡された物の返還等が必要になる場合があることは、前回にお話したとおりです。
婚約破棄の正当理由の基準
実は、婚約破棄の正当理由がどのような場合に認められるかについては、はっきりした基準がありません。法律上は、婚約に関する規定そのものがありませんので、基準になるような法律の規定はありません。
そうなりますと、判例で、婚約破棄の正当理由について、このような基準で判断するということを示した判決があるかどうかが問題ですが、最高の権威を持つ最高裁判所の判決で、婚約破棄の正当理由がどのような場合に認められるかの基準を示したものはないのです。地裁レベルではあるのですが、それが一般的な考え方といえるかというと、そこまではいえないと思われます。
婚約破棄の場合、破棄に至るまでの状況は様々であり、また、結婚や婚約に関する慣習やしきたり、常識というものは、地方で独自のしきたりがあるところもあり、また世代によっても考え方が違うでしょうし、お見合い結婚か恋愛結婚かできちゃった結婚(授かり婚)かによってもまた状況が違うと思われますので、一般的な基準というものを設定するのがむずかしいのではないかと思います。
ですから、結局のところ、担当した裁判官が、「これは慰謝料を支払うべきケースだ」と思うかという感覚的な部分で結論が導かれているように思われます。
そこで、実際の裁判の事例を紹介し、参考にしていただくのが良いのではないかと思います。
正当理由が認められた事例
まず、東京地方裁判所平成23年10月24日判決です。婚約者の男性を彼氏、婚約者の女性を彼女と表現します。
裁判所が以下の事実を認定しました。
①彼氏が子供をもうけるか否かについて思慮に欠ける言動をしたこと
②結婚式をどの程度の規模で行うか等について双方の意見が食い違ったこと
③これらを含めた彼氏の言動が自己中心的と感じた彼女は,その都度,彼氏に対し態度を改めるよう忠告したが彼
氏が取り合わずお互いの口論で終わることが多かったこと
④彼女が結婚式場の仮予約を入れたところ、彼氏は彼女が他社比較をしなかったとして怒り別々に帰宅したこと
⑤婚姻届を挙式翌日に提出することに固執する彼氏と、挙式の日に提出したいとする彼女との間で口論となったこと
⑥入籍日について再び口論となった際、彼氏が結婚のメリットは料理であるとの趣旨の発言をして、彼女は傷ついた
こと
⑦彼女から事情を聞いた同人の父が、彼氏との電話で結婚はさせない旨話したこと
⑧その後に彼氏から彼女に対して婚約は白紙にして良いのかと聞いたところ、彼女は、それでも良い旨回答する一
方で、彼氏に対し、結婚したいのなら父を説得して欲しい旨話したこと
⑨彼氏が彼女の自宅に赴き反省の弁と謝罪をし、やり直すためにはどうしたら良いかと聞かれた彼女は、「半年間互
いに連絡を取らず、その間に反省を生かして性格を変えてみて欲しい。」「自分もやり直したいと思っているので努
力して欲しい。」「自分も料理等家事を勉強する。半年後に会って変化していれば復縁する。」旨告げたこと
⑩これに対して彼氏は「半年間会わなければ関係は自然消滅する。」「月に1回は会って食事等したい。」などと言っ
て彼女の提案を拒否し、さらに婚約中に費消した金員の清算を言い出したため、彼女において、それを言えば復縁
はないと念を押したこと
⑪その後、彼氏が彼女に対し、結婚指輪の代金等実費約50万円の精算を請求したこと
⑫彼女は彼氏に対し実費の正確な金額を電子メールで確認したところ、50万円では不足するが被告に任せる旨の
返信があったこと
⑬彼女は現金60万円を持参して彼氏の自宅に赴いて同人に支払い、彼氏から領収書(乙1)を受け取り、そのころ
に婚約破棄となったこと
判決は、これらの事情を踏まえた結果、婚約破棄の責任は彼女のみにはないとし、婚約破棄の正当理由があることを認め、彼女が慰謝料の支払義務を負わないとしました。
正当理由が認められた事例②
次に、東京地方裁判所判決平成5年3月31日です。
裁判所が認定した事実は以下のとおりです。
①彼氏、その母、彼女、その母が集まり、結婚式の打ち合わせを行った際、彼氏の母が引出物の選定等に関して彼
女側の意見を十分に聞かなかったり、自分の考えが通らないと感情的になり不快感が言葉に表れたりする等の言
動があり、また、彼女とその母は彼氏が母の言いなりになるばかりであると感じたこと
②彼女は、それまでに、彼氏の思いやりのなさを感じていたことや、彼氏の家が、独特な家風の存在を感じさせる家
であり、行儀作法に細かく、見栄を張る傾向があるなどと感じていたこともあって、今後、彼氏との結婚生活に入る
ことに対して自信を失ったこと
③彼女は、両親とも相談のうえ、両親の賛成を得て、婚約を解消することを決意したこと
④彼女の父が仲人に対して、今回の結婚話は互いの家が合わないのでなかったものとしたい旨述べたが、仲人の
提案により、改めてもう少し話し合うことになったこと
⑤彼女と彼氏の間で話し合いがなされ、彼氏は、彼女に婚約解消の翻意を求めたが、彼氏は、彼女に対して、追い
詰めるように、「私のことを嫌いになったのではないだろう。」と言って婚約解消の翻意の決断を迫るばかりで、彼女
が彼氏の母の言動や彼氏の母の言いなりになる言動及び彼氏の家に入ることになる不安感を訴えても、それに対
して十分に思いやろうとはしなかったこと
⑥そして、彼氏が執拗に翻意を求め続け、また「二人でできる範囲での式をあげよう。」という彼氏の発言もあったこと
から、彼女の心が動き、彼女は、再度彼氏と結婚しようという気になり、その旨を彼氏に告げ、同日夜、彼氏と彼女
は仲人宅を訪問し、彼女は仲人宅から自宅に電話をかけて彼氏と結婚する意思を告げたところ、電話に出た母は、
彼女に対し、「帰ってくるな。」という意味の言葉を言ったこと
⑦彼女は、彼氏に対し、「両親は、結婚式に出席しないかもしれない。家に帰ってくるなと言われた。」と言ったこと
⑧仲人は、彼女を連れて、翌日未明に彼女の実家宅に赴き、彼女の両親と話し合ったところ、その席では、彼女は、
彼氏と結婚したいという意味の発言をし、彼女の母は、仲人に対し、結婚式のやり方などで両家のやり方が合わな
いなどの婚約解消の申出をした理由を説明したこと
⑨彼女は、結局、翌日朝、婚約の解消を決意して、その旨を仲人に伝えたこと
判決は、「婚約解消を理由として、それまでにかかった費用の清算以外の精神的損害に対する損害賠償義務が発生するのは、婚約解消の動機や方法等が公序良俗に反し、著しく不当性を帯びている場合に限られる」と判示し、彼女にそのような不当性はないとして、慰謝料などの支払義務を認めませんでした。この判決は、結論的には妥当と思われますが、正当理由が認められない場合の一般的基準については、多くの裁判例はこの判決のように損害賠償義務が発生する場合を限定的にとらえてはいないように思われます。
正当理由が認められなかった事例
反対に、正当理由が認められなかった事例として、少し古いですが徳島地方裁判所判決昭和57年6月21日があります。
この事例では、彼氏が、彼女には常識が欠け、家庭的な躾けができておらず、ルーズで、責任感に乏しいことが婚約後に判明したのみならず、その体形が余りにも細く劣等であつて、愛情を喪失したことを主張したのですが、判決が「結納のとりかわしがなされた後も同被告による婚約破棄の意思表示がなされるまさにその前日まで、同被告の真意が如何ともあれ、嫁入道具として持参すべき物品に関する要求を提出したり、その他、前掲事実の如く、婚姻意思の成立していることを誰もが認めるであろうような態度で振る舞つた者が、相手方の性格一般をあげつらつたり、いわんやその容姿に関する不満をことあげしても、これをもつて婚約破棄の正当事由となし得るものとは到底解し得られない。」と判示し、正当理由を認めなかったものです。
前の2つの事例と異なり、詳細な経過が不明ですが、彼氏が婚約破棄をした一番の理由は、彼氏の母親の猛反対にあったようです。その母親も訴えられ、母親の責任も認められています。
ちなみに、認められた慰謝料の金額は、400万円とかなり高額です。婚約破棄が突然に仲人を通じて電話一本でなされたという事情もあり、かなり男性側に問題があったと思われる事例ではあります。
まとめ
これら事例をみていきますと、実は、3つの事例とも、男性が負け、女性が勝っています。その他の婚約破棄の事例も、私が確認した範囲ですけれど、男性が負け、女性が勝っているものがほとんどです。これは、どういうことを意味しているのでしょうか。興味深い結果ではあります。
このように、婚約破棄の正当理由というものは、情緒的な部分が重要であり、はっきりした基準がありません。
詳しい専門家にご相談していただいた方がいいと思います。また、できれば、婚約破棄をする前にご相談して頂いた方がいいように思われます。
横浜ロード法律事務所では、初回相談は60分無料としておりますので、お気軽にご相談ください。