はじめに
もし、婚約者から一方的に婚約が破棄されるようなことがあったら、とてもショックで簡単には立ち直れないと思います。当事務所にも、婚約を破棄されて許せないというご相談をいただくことが結構あります。
婚約の不当破棄をした者には慰謝料を請求できるということは、一般常識のレベルといっていいと思いますが、婚約破棄にはむずかしい問題が色々とあります。
そこでまず、婚約はどのような場合に認められるかを中心に、お話したいと思います。
婚約とは
婚約とは、婚姻予約ともいわれますが、将来結婚(婚姻)する約束のことです。
ですから、当然ですが、男女が将来結婚することをお互いに約束することが必要になります。
いわゆるプロポーズをして承諾があるのが普通だと思いますが、芸能人がテレビで公開しているようなはっきりしたものが必要なわけではありません。重要なのは、男女が将来の結婚を確実なものとして約束していることです。例えば、はっきりしたプロポーズはないけれど、結婚を前提とした互いの両親との顔合わせがあり、結婚式場の予約もして、新婚旅行も決めていた場合には、暗黙でも婚約が認定される可能性が高いと思います。
それでは、男女の約束以外に、婚約指輪の授受や結納、両親の顔合わせのようなものが必要かといえば、必要ではありません。あくまで婚約は男女の合意だけでも成立するのです。
婚約は本当に合意だけで主張できるか
実はここからがむずかしいところです。インターネットで「婚約破棄」と検索してもらって、弁護士のホームページなどを見てもらうと、先ほど申し上げたことと違うことが書いてあるのではないかと思います。つまり、ただ男女が結婚しようと約束しただけの場合には婚約成立を主張することはむずかしく、婚約指輪の授受、結婚式場の予約や結納などの公然性のある事実が必要とよく言われているのです。また、男女間で既に子供を出産していたり、妊娠中絶をしていたりした場合にも、婚約が認められやすくなると言われています。そして、これらのことも間違いではありません。
先ほどは、婚約は男女の合意だけで成立すると言いましたが、今度は、それだけでなく結納などの事実が必要というのは、矛盾しているように思いますよね。ですが、実際の裁判例をみると、前者の立場をとるものがある一方、後者の立場のようなものもあるのです。私なりに裁判例を分析した結果、この相反する命題に関する私の理解は、以下のとおりです。
つまり、この問題は、3つの問題と関連しているので、複雑なのです。
まず、1つ目の問題は、婚約の要件として、男女の合意以外のものが必要かどうかです。
次に、2つ目は、裁判に訴えた方が婚約の成立を主張したのに対し、訴えられた方がそのような約束はしていないと否定した場合に、どのような証拠があれば婚約を認定してもらえるかです。
3つ目は、男女の口頭の合意は認められたとしても、それを破ったときに慰謝料が発生する程のものかということです。
1つ目の問題は、既に述べたとおり、婚約の要件としては、男女の合意以外のものは必要ありません。ですが、それと相反することが言われるのは、2つ目と3つ目の問題があるからなのです。
婚約を否定された場合にどのような証拠が必要か
婚約相手に婚約を不当に破棄されたとして慰謝料を請求する裁判を起こしたとします。ところが、相手は婚約なんてしていないと言い張った。こうなってしまうと、裁判を起こした側が婚約の事実を証拠で証明しなければなりません。
そうすると、ただ「結婚しようと言われて承諾した」というだけの状態では、相手からそんなこと言っていないと主張されると、言った言わないの話であり、立証はむずかしいと言わざるを得ません。
ですので、婚約指輪の授受や結納、結婚式場の予約などの事実があることが必要といわれるのです。婚約破棄の事例で、婚約したと認められるためには、婚約指輪の授受などの公然性のある事実がないと、むずかしいというのは、婚約の証拠という意味が1つあるのです。この点については、最近は、恋人同士で携帯メールを頻繁にやりとりすることが多いので、婚約指輪の授受などの事実がなくても、携帯メールに婚約したことを前提とする記載があれば、婚約した事実を証明できる場合があるのではないかと思います。ですから、婚約の証拠という意味では、絶対必要ではないと思います。
そして、問題はこれで終わりではないのです。
慰謝料が発生する婚約
3つ目の問題として、慰謝料が発生する婚約、つまり法的に保護される婚約というのは、ただ単に男女が口頭で約束したら必ず成立するとはいえないということです。そのような趣旨で、裁判例のなかに、「将来婚姻することについての確実な合意が客観的に認められる必要がある」とか、「真摯な意思」が必要とか、「誠心誠意をもって」であるとか述べられているものが散見されます。簡単に言えば、ピロートークのようなもので結婚という言葉が出たのは事実だとしても、法的な保護に値する程のものではないという評価がされる可能性が高いのです。
そして、「確実な合意」を示すものとしては、やはり婚約指輪の授受や結納、両親との顔合わせなどがあった方がいいのです。それらがないと「確実な同意」がないとは限らないのですが、それら公然性のある事実が全くない場合には勝訴できない可能性が相当程度あると言わざるを得ないと思います。
ですが、どのような場合に、「確実な合意」があるのか明確になった判決はなく、公然性のある事実はなくとも、女性が妊娠中絶を2回した事案で、婚約が認められて慰謝料が認められた裁判例がありますので、明確な基準はないのです。
最後に
以上は、私の個人的な意見の部分もあります。
婚約が裁判で認められる場合を結論だけ申し上げれば、①婚約指輪の授受や結納、結婚式場の予約などの客観的事実・証拠がある場合、②それらの事実がないけど妊娠中絶などの事実があって状況的に婚約があるといえる場合、③男女間の合意以外に客観的事実がないけど、婚約が法的保護される程の事情・証拠がある場合ということになると思います。