民法総則の重要な規定である意思表示に関する規定でも、改正の対象となっ
ていますので、解説いたします。
その一つが心裡留保に関する民法93条です。
心裡留保とは
心裡留保とは、わざと真意ではない意思表示をすることです。
例えば、あるアイドルの熱狂的ファンが、一生の宝物として大事にしているアイドルのサイン色紙を本当は売るつもりはないのに誰も買わないだろうと思い「100万円なら売ってあげてもいい」とおふざけのつもりで言った場合が心裡留保です。
それを真に受けて100万円を用意して「100万円で買う。」と意思表示した者が出てきた場合、売買契約は有効になります。
なお、心裡留保の「心理」(しんり)は、「心裏」(しんり)のことであり、心の中という意味です。心理とは別の言葉になります。
改正前の民法93条は、「意思表示は、表意者がその真意ではないことを知ってしたときであっても、そのためにその効力を妨げられない。ただし、相手方が表意者の真意を知り、又は知ることができたときは、その意思表示は、無効とする。」という規定でした。
それが、以下のように改正されました。
1 意思表示は、表意者がその真意ではないことを知ってしたときであっても、そのためにその効力を妨げられない。ただし、相手方がその意思表示が表意者の真意ではないことを知り、又は知ることができたときは、その意思表示は、無効とする。
2 前項ただし書の規定よる意思表示の無効は、善意の第三者に対抗することができない。
以下において、1項と2項について、それぞれ解説したいと思います。
93条1項の改正点
まず、改正後の93条1項は、改正前の93条からわずかな変更があります。それは、ただし書の部分です。
改正前は相手方が「表意者の真意」を知り、と規定されていましたが、改正後は相手方が「その意思表示が表意者の真意ではないこと」を知り、という記載になりました。
改正前の民法93条ただし書の記載からすれば、真意ではない意思表示をした者(表意者)がいた場合に、相手方が真意を知っていたことが必要のように解釈されそうですが、必ずしもそのように解釈されていませんでした。
つまり、相手方が表意者に真意がないことを知っていたときまたは知ることができたときには、相手方を保護する必要性が乏しいため、意思表示は無効になると解釈されていました。
上記のサイン色紙の心裡留保の例で、相手方は、熱狂的ファンが宝物にしていることから本当は売るつもりはないことを十分知りながら、「100万円で買う」と言った場合に、そのような者を保護する必要がないため、契約は無効になります。
この場合に、重要なのは、売ると言った者が本当は売るつもりがないことを知っていることであり、売ると言った者の別の真意を知っている必要まではないということです。
そして、改正前の民法93条は、誤解を招きやすい表現となっているため、上記解釈を明確化しようとして改正されたのです。
93条2項の追加
さらに、善意の第三者を保護する民法93条2項が追加されました。
改正前の民法では、心裡留保において善意の第三者を保護する規定はありませんでした。
この点、最高裁判決昭和44年11月14日が、民法94条2項を類推適用して、善意の第三者を保護する旨を判示しました。
この最高裁判決に基づき、民法94条2項の類推適用という形で実務が運用されてきましたが、一般国民に分かりやすい民法にするという見地から、民法93条2項が新設されたものです。
以上のように、民法93条の改正は、これまでの運用を条文上も明確化するためのものです。
したがって、改正前後で運用に変更はないものと考えられています。
経過措置について
施行日令和2年4月1日より前にされた意思表示については、改正後の93条ではなく、改正前の93条が適用されます。