民法(債権法)改正の解説89 [民法424条の9] 債権者への金銭支払・動産引渡しの請求

詐害行為取消権での債権者への金銭支払・動産引渡しを請求できる場合について規定している民法424条の9が新しく設けられています。

民法424条の9の規定

民法424条の9は、以下のとおりの規定です。

1 債権者は、第424条の6第1項前段又は第2項前段の規定により受益者又は転得者に対して財産の返還を請求する場合において、その返還の請求が金銭の支払又は動産の引渡しを求めるものであるときは、受益者に対してその支払又は引渡しを、転得者に対してその引渡しを、自己に対してすることを求めることができる。この場合において、受益者又は転得者は、債権者に対してその支払又は引渡しをしたときは、債務者に対してその支払又は引渡しをすることを要しない。
2 債権者が第424条の6第1項後段又は第2項後段の規定により受益者又は転得者に対して価額の償還を請求する場合についても、前項と同様とする。

この規定について、以下において解説します。

債権者への金銭支払・動産引渡しを請求できる場合

改正前のルール

今回の改正前の民法では、詐害行為取消権を行使した債権者が、受益者・転得者に対し、債務者へ金銭や財産を返還するように請求できることは明らかでしたが、債権者自身に金銭や財産を引き渡すよう請求できるかについては、明確ではありませんでした。2086779.jpg

この点が争われた事案において、判例は、受益者・転得者に対して金銭の支払や動産の引渡しを請求する場合には、債権者が自分に支払・引渡しをするように請求できると判示しました。

なぜなら、詐害行為取消権の行使に納得できず、債権者に協力しても債権者の債権回収に充てられるだけと考える債務者が、金銭を受け取らず、動産の引渡しも拒否することがあり得るため、そうすると詐害行為取消権の実効性がなくなってしまうからです。

もちろん、債権者が、自分に金銭の支払や動産の引渡しを求めることが認められ、それを受け取ったとしても、あくまでそれは債務者のものであり、債務者に返却する義務があります。

他方で、詐害行為の対象が不動産の場合については、登記名義が重要であるところ、債権者が所有者になるわけではないため、債権者の名義にすることはできません。
したがって、不動産の場合、債権者が請求できるのは、抹消登記または真正な登記名義の回復により登記を債務者の名義にすることだと判例は述べています。

改正前は、この判例のルールに基づいていました。

そして、金銭を受け取った債権者は、債務者への返還義務と自己の債権を相殺することによる事実上の優先弁済を受けられることが、可能になっていました。

改正の際の議論

今回の改正にあたり、詐害行為取消権を行使した債権者が自分に対して金銭の支払や動産の引渡しを請求することを認めないという案も示されましたが、改正前の判例のルールを維持した上で、それを明文化するのが妥当ということになりました。

また、中間試案では、債権者が債務者への返還義務と自己の債権を相殺することによる事実上の優先弁済を受けることを禁止する規定が案として示されました。
しかし、事実上の優先弁済が禁止されると、詐害行為取消権を行使するインセンティブが失われるなどの根強い反対意見があり、相殺の禁止を規定することは見送られました。
これにより、詐害行為取消権を行使した債権者が、自己への金銭の支払等を請求した上で、事実上の優先弁済を受けることが可能な状態となっています。

改正後のルール

改正後の424条の9第1項、第2項の規定により、以下のルールが明文化されました。

①詐害行為取消権を行使した債権者は、受益者・転得者に対し、金銭の支払・動産の引渡し・価額の償還を請求する場合は、債権者自身に直接支払・引渡しをするように請求することができます
②この場合、受益者・転得者は、債権者に対して金銭の支払・動産の引渡し・価額の償還をしたときには、債務者に対して重ねて金銭の支払・動産の引渡しをする必要はありません

また、明文はないものの、上記のルールに基づき、債権者が金銭の支払等を受けたときに、債務者への返還債務と自己の債務者への債権を相殺することで、事実上の優先弁済をすることが可能となっています。
ただし、この点に関し、法制審議会のなかで、相殺権濫用の法理によって相殺が制限されることがあり得るという指摘がされており、個別の事案において、そのような判決が出るおそれはあると思われます。

加えて、詐害行為取消権の行使を受けた受益者は、改正後の425条の3において、給付の返還や価額の償還をしたときに、債務者に対する債権が復活することが規定されたことから、そのような復活債権をもとに債務者の受益者に対する返還請求権を仮差押えすることができると言われています。
これを受けて、受益者が債権者に支払わずに供託する手続をとることができ、これにより債権者が事実上の優先弁済を受けることができなくなる場合があるということが指摘されています。

経過措置

他の詐害行為取消権の規定と同様の経過措置が設けられていますので、施行日令和2年4月1日より前に詐害行為が行われた場合には、改正後の規定ではなく、改正前の規定の適用を受けます。

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