債務不履行の損害賠償の範囲を規定している民法416条が改正されています。
改正後の416条
改正後の416条の規定は、以下のとおりです。
1 債務の不履行に対する損害賠償の請求は、これによって通常生ずべき損害の賠償をさせることをその目的とする。
2 特別の事情によって生じた損害であっても、当事者がその事情を予見すべきであったときは、債権者は、その賠償を請求することができる。
416条は、債務不履行において、どこまでの範囲の損害を賠償するのかという重要な事項を規定しています。
これまでに多くの裁判例が積み重ねられています。
他方で、学説上の理論的な争いも複雑化しています。
416条は、このような背景から、様々な改正案が検討されましたが、最終的には、これまでの判例の理解を前提に、最低限の改正になっているものといえます。
416条についての判例の考え方
416条1項について
416条1項により、基本的に、通常生ずべき損害、いわゆる通常損害の賠償が認められます。
通常損害については、例えば、売買契約をしたが引き渡されずに焼失してしまった中古車の場合は、その時価相当額が通常損害になります。
通常損害は、まさに通常生ずる損害のことなので、あまり問題になりません。
416条2項について
416条2項は、特別の事情によって生じた損害、いわゆる特別損害について、規定しています。
例えば、中古車の売買契約で、買主が時価200万円より高額の300万円で転売する契約を既に締結していた場合、その利益を喪失した分が特別の事情によって生じた損害(特別損害)に該当します。
判例は、特別損害について、その特別の事情の予見可能性があった場合に特別損害の賠償を認めます。
そして、予見可能性が問題となる当事者は債務者とし、予見可能性が問題となる時期は債務不履行時とします。
先ほどの例で、債務者である売主が中古車の高額の転売契約の存在について、中古車が焼失した債務不履行の時点で予見することができた場合には、その利益を喪失した分の損害も賠償しなければならなくなるのです。
ただし、特別の事情が問題になりますので、普通は予見することができないものであり、買主から高額の転売契約の存在をほのめかされていた等の何らかの理由がないと、予見可能性が認められないことが多いです。
改正された点
今回、416条1項については、改正前と同一の規定であり、改正の対象になっていません。
したがって、通常損害についての判例実務の運用に変更はないと思われます。
416条2項については、少しですが改正されています。
改正前は、「予見し、又は予見することができたとき」となっていたのが、「予見すべきであったとき」に変更されました。
これについては、従来の裁判例において、債務者による特別な事情の予見可能性が問題とされつつも、実際に債務者が予見できたかどうかという事実の問題よりも、債務者が特別な事情を予見すべきであったといえるかという規範的評価・客観的評価で判断されていたと言われています。
このような解釈を条文上も明確にした方が良いということで、「予見すべきであったとき」という規範的評価・客観的評価となる表現に改正されたのです。
416条2項については、改正されているものの、従来の裁判実務の考え方を明確にしたものですので、従来の裁判実務の考え方に変更はないと思われます。
ただし、416条2項については、従来から判例学説の理論について対立があったところです。
また、判例の解釈に基づいて、「当事者」ではなく「債務者」の予見可能性であることの明記、「債務不履行時」の予見可能性であることの明記などが提案されましたが、意見の一致が見られないということで、従来の表現が維持されました。
このような改正の議論の状況からも、今後の裁判例の集積が必要と思います。