時効についての改正
今回、民法総則における時効に関する規定が改正の対象となっています。
時効について、時効期間も含め抜本的な改正がされているものがあり、実務に与える影響を含め、その重要性は高いと思います。
民法145条の改正
民法145条が改正されています。
改正後の民法145条は、以下のとおりです。
時効は、当事者(消滅時効にあっては、保証人、物上保証人、第三取得者その他権利の消滅について正当な利益を有する者を含む。)が援用しなければ、裁判所がこれによって裁判をすることができない。
以下において解説します。
時効の援用
民法145条は、時効の援用を規定しています。
改正後の145条は、改正前の条文を基本的に引き継いでおり、改正点は一部分です。
改正前の145条は、「時効は、当事者が援用しなければ、裁判所がこれによって裁判をすることができない。」という規定でした。
この規定により、時効については、いくら時効期間が経過したとしても、当事者が時効の利益を受けることを主張すること、つまり時効の援用をしなければ、時効の効果を受けることができないことになりました。
これは、時効の利益を受ける者が、時効の利益を受けるかどうかの自由が認められたものです。
また、時効については、時間の経過によって、支払をしていない債務者を債務から免れさせたり(消滅時効)、真の所有者の所有権を失わせて不法占有者に所有権を認めたり(取得時効)、という不道徳な面があることから、時効の利益を受けることを潔しとしない場合には、自分の良心に従って、あえて時効の効果を生じさせないということができることを認めたものであることから、145条は良心規定であると言われます。
学説の争いと判例
民法学説において、時効の援用の法的効果と共に、時効制度の法的性質について、争いがありました。
通説は、時効制度の法的性質について実体法上の権利の取得消滅とする実体法説をとり、時効の援用の法的効果について一旦、時効期間の経過により一応債権の消滅や所有権の取得という効果が生じるが、時効の援用により確定的に法的効果が生じるものとする不確定効果説をとっています。
時効制度の法的性質について、実体法上の権利の取得消滅ではなく、訴訟法上、立証の困難を救済する制度であるとする訴訟法説があります。訴訟法説は、時効の援用はこれにより債権が消滅したことになる法定証拠の提出として取り扱うことになります。
この点、最高裁判決昭和61年3月17日は、通説と同じ見解をとることを判示しています。
改正された点
今回の改正点は、(消滅時効にあっては、保証人、物上保証人、第三取得者その他権利の消滅について正当な利益を有する者を含む。)というかっこ書きが加わったことです。
これまで、具体的に誰が「当事者」として時効の援用をすることができるのかについて、特に消滅時効に関して判例が蓄積されてきました。
上記改正点は、その判例を踏襲しているものであり、その条文化といえます。
判例は、民法145条の「当事者」とは、時効によって直接の利益を受ける者と解釈していました。
そして、判例上、消滅時効の援用をしようとする債務の債務者本人だけでなく、保証人、物上保証人(債務者のために財産を担保に提供した者。)、第三取得者(担保に提供された財産を取得した者)は、時効によって直接の利益を受ける者に該当し、「当事者」として時効の援用をすることができるとされました。
これに対し、消滅時効の対象となる債務について第一抵当権が設定されている不動産の第二抵当権者は、時効の援用ができないとされました。第二抵当権者は、債務が消滅時効で消滅すれば第一抵当権も消滅し、第一抵当権者に昇進し、より債権回収がしやすくなるという利益を受けますが、直接の利益を受けないものとされたのです。
この判例を受け、上記かっこ書きで、保証人、物上保証人、第三取得者が当事者に含まれることが明記される改正となりました。
他方、かっこ書きのなかで、「その他権利の消滅について正当な利益を有する者を含む」との表現がされていますが、これは判例の言っていた「時効によって直接の利益を受ける者」とは異なっているように見えます。
これについては、判例が用いていた「直接の利益を受ける」か否かという基準が、有効に機能していないと批判する学説があり、表現が変更されたものです。
ただし、表現の変更はこれまでの判例の結論を否定したものではないとされています。
とはいえ、今後の判例の蓄積が待たれるところです。
経過措置
施行日(令和2年4月1日)前に債権が生じた場合は、改正前の145条が適用されます。
また、施行日以後に債権が生じた場合でも、その原因である法律行為が施行日前にされたときも、改正前の145条が適用されます。