代理権消滅後の表見代理等を定めている民法112条が、今回の民法改正の対象となっています。
改正後の民法112条の条文は、以下のとおりです。
1 他人に代理権を与えた者は、代理権の消滅後にその代理権の範囲内においてその他人が第三者との間でした行為について、代理権の消滅の事実を知らなかった第三者に対してその責任を負う。ただし、第三者が過失によってその事実を知らなかったときは、この限りでない。
2 他人に代理権を与えた者は、代理権の消滅後に、その代理権の範囲内においてその他人が第三者との間で行為をしたとすれば前項の規定によりその責任を負うべき場合において、その他人が第三者との間でその代理権の範囲外の行為をしたときは、第三者がその行為についてその他人の代理権があると信ずべき正当な理由があるときに限り、その行為についての責任を負う。
この点、改正前の民法112条は、「代理権の消滅は、善意の第三者に対抗することができない。ただし、第三者が過失によってその事実を知らなかったときは、この限りでない。」というシンプルな規定でした。
民法112条1項について
改正前の民法112条を受け継いでいるのが、改正後の民法112条1項です。
改正前の民法112条が規定していたのが、代理権消滅後の表見代理です。
例えば、寿司屋を営むKは、一番弟子のLに対し、魚の仕入れの一切を任せて仕入れの代理権を与えており、Lは毎日のように市場に行って馴染みの問屋Mで魚の仕入れをしていたところ、Uに度重なる問題行動があったことから、KはUを解雇しました。
ところが、Uは解雇されたことを黙ってMで魚を仕入れ、新しく就職した店で使用していました。
問屋Mは、Uが解雇されたことを知らず、1か月分の仕入代金をKに請求したところ、Kは既にUを解雇しており、今は別の者が別の問屋で仕入れていると言い、支払を拒否しました。
問屋Mが、解雇後のUによる仕入代金をKに請求できるかが問題となります。
これについて、改正前の民法112条では、Mが善意の第三者であるときには、過失がある場合を除き、Kに請求できることになります。
改正後の民法112条1項もこれを受け継いでいます。
多少、表現内容が変わっていますが、実質的内容に変更ありません。
細かい話になりますが、改正前は、単に「善意の第三者」と規定され、代理権の不存在について知らないことを指すのか、過去に存在した代理権が消滅したことを知らないことを指すのかについて、後者であることを明確化した方がよいという指摘がありました。
この点について、最高裁判決も、代理権の消滅を知らないことを指していると解される判示をしていました。
そこで、改正後の民法112条1項では、「代理権の消滅の事実を知らなかった第三者」という規定になっており、この点が明確化しています。
民法112条2項について
改正後の民法112条2項は、新設された条文です。
これは、民法110条と112条の重畳適用について規定したものです。
これを説明する場合に、先ほどの寿司屋の事例ですと、しっくりしないので、別の事例で解説します。
資産家Nは、自分が所有するb土地の売却を友人Oに任せる代理権を授与し、自分の実印もOに預けていたところ、Oはb土地をPにきちんと売却し、代理権は消滅しました。
ところが、その後もOの手元にNの実印があった状態が続いたことから、OはNのc土地もPに売却し、その代金を持って行方不明になってしまいました。
Pは、c土地の所有権をNから有効に取得できるかというのが問題です。
この事例は、単に民法112条を適用しただけでは、Oの無権代理行為は有効になりません。
そもそも、Oは、c土地を売却する代理権を有しておらず、代理権の範囲外だからです。
そして、代理権の範囲外の場合にも、第三者に正当な理由があれば、代理行為が有効になる民法110条の規定も重ねて適用できれば、Oの代理行為が有効になり得ます。
それで、民法110条と112条の重畳適用と言われていました。
最高裁判例は、民法110条と112条の重畳適用を認め、第三者Pが善意無過失の場合に無権代理行為が有効になるものとしていました。
改正後の112条2項は、これを真正面から認めたものです。
最高裁判例を明文化したものといえます。
その点で、今回の民法改正で新設され、109条と110条の重畳適用の最高裁判例を明文化した民法109条2項と似た制定経緯といえます。
そして、112条2項では、第三者Pが保護される要件として、「その他人の代理権があると信ずべき正当な理由」を必要としていますが、一般的に、善意無過失を指すものと考えられています。
立証責任が1項と2項で異なること
112条1項と2項で同じように善意無過失が問題となっているようですが、その立証責任については異なっています。
1項では、第三者が自己の善意について立証責任を負い、第三者に過失があることについては表見代理を否定したい本人が立証責任を負います。
2項では、第三者が、自分は善意でかつ過失がないことの立証責任を負うものと思われます。
つまり、2項の場合の方が、第三者にとって立証責任の負担が重く、無権代理行為を有効にさせることがより難しくなっています。
経過措置について
施行日(令和2年4月1日)より前に、代理権の発生原因が生じた場合には、改正前の規定の適用を受けます。